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おにぎりは日本のソウル(魂)フード【JAコラム】

2022年02月26日コラム

伝承料理研究家●奥村彪生

水害や火事、地震などの被災者への救援食として欠かせないのが、おにぎり。また、子どもたちの遠足の弁当として用いられてきました。

私が子どもの頃の弁当は父の手作り。自家製のタカナの古漬けの葉で包んだ、両手で抱えて持つ三角形の「目張り飯」でした。口も目も大きく開いて頬張るのです。

にぎり飯は別名「おむすび」といいますが、これは宮中の女官たちの女房言葉です。

このにぎり飯はいつごろから食べられていたのでしょう。奈良時代に編さんされた各地の特産品や風俗風習を書いた『常陸国風土記』の筑波郡の部に「握飯筑波の国」と出てきます。「春の花咲く頃と秋の黄葉(もみじ)の頃、老若男女が食べ物や飲み物を携えて筑波山に登り」うたげをしたとあります。

平安時代になると宮中でも用いられ、とじき(『源氏物語』)と呼ばれ、またの名を鳥の子(鶏卵)とも呼ばれていました。これをカシやホウの葉で包み、裹飯(つつみいい)と呼んでいました。

江戸時代元禄のころになると炭火で焼いて焼き飯と呼び、花見や紅葉狩りの弁当に添えられ、やがて幕末には焼き飯、卵焼きや煮しめなどを折り箱に詰めた幕の内弁当が登場します。飯を焼くことで味や香りが良くなりますが、殺菌が目的。

にぎり飯は地方によって形は異なりますが、東北は円盤形、関東は三角形、大阪は俵形、九州はボール形です。

握るとき、炊きたての飯を逆手にのせ、利き手で押し、呼吸に合わせながら軽く放り上げて押す動作を繰り返して成形。そのリズムこそ心臓の鼓動の響き。作り手の魂がこもった自家製のフィンガーフードのおにぎりは無償の行為で作る尊い味。

JA広報通信1月号より

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